まだフェンダー化計画は道の途中ですが、工程が進むにつれて私の中である感情が湧いてきました。それは「このヘッド死ぬほどカッコイイ!」というものです(笑)。

 元来パチものは好きじゃなく、パチものは持っていないし、ニセブランドものなどを持っている人達をなんとなく軽蔑するような傾向があった私自身が、なぜかこのフェンダー化されたトーカイのストラトに関してはニセブランドに関する嫌悪感を抱かないのが自分でも不思議で仕方がありません。

 その理由をいろいろと考えてみたのですが、まず何よりも今どきフェンダーのブランドには大した価値がないこと。つまりもはやブランドではないということですね。だって今や日本で売られているストラトスタイルのギターはほとんどが「フェンダー」ブランド。私たちが若かった頃とは全く状況が違います。だから別にフェンダーをブランドだと思っている人も以前よりは少ないでしょう。

 それからトーカイがフェンダージャパンを作っているメーカということも理由の一つでしょう。今のフェンダージャパンがトーカイ製なのだから、私が持っているトーカイにフェンダーのロゴをつけたって別に何の違和感もない、ということですね。

 そしてこれが最も大きいのかも知れませんが、多分私はフェンダーのヘッド部分、もっといえばロゴだけが好きなんでしょうね。だからサウンドだとかネックとかボディーだとか、そんなものは別にフェンダーだろうが何だろうがどーでもいい。ただヘッドにはあのロゴがあって欲しい。だからあのロゴが自分のギターにあるというだけで、単純に嬉しいし、それ以外の感情は何も起きない・・。

 サウンドはトーカイのネック、ボディ、そしてギブソンのピックアップから出てくる音で全然オッケー。というかそれが気に入っています。音はフェンダーである必要性を全く感じません。でもあの70年代ストラトのヘッドのロゴがなぜか好きだからそれだけはどうしても自分のギターに欲しい。そのロゴがついているギターがフェンダー製だろうと、そうでなかろうと大した問題ではない。

 なんかあのロゴがデザインの一つのような気がするんですよね。だからあのロゴがなければストラトじゃない。でもフェンダー製であることには全く頓着はない。不思議な感覚です。別に他人に見せるためにフェンダー化させるのでもなく、ただ単に自分のギターにあのロゴをつけて自分のストラトを完成させたかった・・、そんな感じですね。

 じゃあ素直にフェンダーを買えばいいじゃないか、といわれてもそれもちょっと違うのです。別に今更フェンダーのストラトが欲しいわけでもないのです。多分お金があったとしても。今私が欲しいのはイバニーズのジョージベンソンモデルや、昔の渋いギブソンのフルアコくらい。それ以外のギターには全然興味ありません。

 私はただ単純に自分が昔から使っているストラトスタイルのギターにフェンダーのロゴが欲しかった、それだけなんですね。自分でもとっても不思議な感覚。「フェンダー製のストラト」が欲しいのではなく「ストラトにフェンダーのロゴが欲しい」という、それだけなんですね。

 「フェンダー ストラトキャスター」という文字は私にとってブランドではなく、たぶんデザインの一部なのでしょう。だからそれがなければストラトじゃない。でも逆にいえばあの文字があって、あのスタイルであればメーカーはどこでもいい。だって実際に音はどれでも大差ないから。音なんてピックアップ変えれば何とでもなりますからね。

 今回自分のトーカイ製のストラトをフェンダー化していて、本当に自分でもよくわからない気持ちがグワッと出てきましたね。そういう意味では購入して30年経つ今になって、ようやくこのトーカイ製のストラトは私にとって完成品になるのかも知れません。

 確かにパチもん、ニセもんですが、私にとってはエディのストラトやスティーヴィー・レイ・ヴォーンのストラトと同様、「別に自分が作ったギターにフェンダーとかギブソンのロゴ入れて気に入っていればそれでいいじゃん」くらいな感覚ですねぇ、ホントに。

 だってものとしては同じトーカイ製の今のフェンダージャパンより絶対イイですもの。だからこそ全然恥ずかしいとか、かっこ悪いなんて感覚がないんでしょうね。自分でも不思議です。

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